乗り過ごす

よく乗り過ごす

電車で本を読んでいるときが一番危ない

ページを開き、その世界に身を委ねシンクロすると、周りの景色が吹き飛んでしまう

顔を上げ、ああもうこんなところまで来たのか、到着まであとちょっとあるな、よしよし、まだ読める

再び、文字を追い始める

気がつくと、馴染みのない景色が窓の外に広がっている

あれっ

目的地からだいぶ進んでいる

とりあえず次の駅で降りて、逆方向の電車に乗り換える

本を読んではならじ

また乗り過ごすでよ

しかし、本の魅力に抗えず、またしても文字を追いかけはじめる

ちょっとだけ

現在地を確認しながら、本を読んでいく

確認して読む

確認して読む

読む読む

確認する

読む読む読む

読む読む読む読む

あらっ!

通り過ぎとる!!

あれだけ気を配っていたのに

俺はピンボールか!

レバーで弾かれるように右に左に振られとるって!

以前、母親が大学のため上京した時に、一向に東中野に着かなかったのよね、と話していたことがあった

総武線の各駅停車という存在を知らず、中央線の快速電車に乗り、何回チャンレンジしても、東中野を全速力で駆け抜くていく

おっかしいなあ〜と思いながら、かなり往復したらしい

もしや血筋では!?

右往左往して、駅にたどり着かない血筋

親子共々、それでは困る

学生の頃、やはり本を読んでいたら、乗り過ごしたことがあった

夜遅い池袋からの下り電車で、埼玉の友達のところに泊まりに行く予定だった

駅に降り立ち、上り方面を調べると、最終電車はすでに終わっていた

目的地まで3駅ほど

郊外の1駅は距離が長い

月に照らされた田んぼの中をひたすら歩いていった記憶がある

まっすぐに辿りつかないのもええかと、この頃では諦観している

 

値段は全て税込価格だと思ってしまう

セールで9800円の服を見つけた

前から欲しかったやつである

躊躇なくレジに持っていく

「¥10584円になります」

なんですと!

値札を改めて見る

税抜き価格と小さく書いてあるではないか

うが・・・

慌てて財布の中身を確認する

10000円しか入っていないではないか

小銭入れに584円以上あっても良さそうなもんだが、13円しかない

うがうが・・・

レジであたふたしている姿を目の当たりにして、店員のいぶかしげな視線が次第に強くなってくる

「税込価格なんですね、、」

「そうです」

店員の顔、全然笑っとらん!

マジでちょっとイライラしとるやん!

ちょっとくらい笑っておくれやし

「ぎ、銀行は近くにありますか?」

「あります」

またしても全然笑ってない!

必要最低限の答えだ

受験参考書の一問一答を思い出す

思い出してる場合ではない

「お、お金が、手持ちが足りないのでおろしてきます」

「はい、わかりました」

出た!一問一答!

現金を引き下ろし、無事に買い物は終了した

おっさんになって、会計の時に現金が足りないは恥ずかしい

はっ!

カード払いにすれば良かった

 

都市の喧騒というノイズに甘えて思わず屁をこいてしまう件について

都会、特に東京という街はあらゆる騒音に溢れている

激しく車は往来しクラクションが鳴り、街宣車が大音量を響かせ、営業中のサラリーマンがスマホ片手に商談や連絡をしている

ガードレール上に電車が滑り込み、ホーム上に駅員の声がスピーカーで飛び交う

街そのものがノイズに溢れているのだ

油断しているわけではないのだが、屁をこいてしまう

これだけ周りが騒がしいんだから、おれごときが屁をこいても分かるまい

そういう深層心理が働いている気がする

シンと静まり返った、開演前の映画館、美術館の展示室、会社のフロア

そんなところではまずしない

一旦外に出て、雑踏に紛れ込むと危ない

おれだって、出したるぜと意気込んでるわけではない

しかし気分が開放的になると、肛門も開放的になるのか

しもた!と思ったときはもう遅い

あたりを見渡すが、みんなそれぞれの世界で忙しく動いている

これだけのざわめきのなかだ

誰も気づいていない

なぜか少し嬉しくなってくるおれがいる

カフェオレを片手に歩いてくるオシャレな一団とすれ違う
雑誌から飛び出してきたような爽やかな風を感じる

すれ違いざま、こいてしまった

しかし、オシャレ団は何事もなかったかのように、あははうふふと通り過ぎていく

君らは今、とってもオシャレな空気のなかにいると思っているだろうけど、その世界の片隅ではおれが屁をこいているのだよ

なぜかそう言いたくなった

気づかぬだろうけど、全くわからんだろうけど、君たちのオシャレフレームの一角に、じつはおれの屁が入っているのだよ

ふふふ、ふふふ!

振り返り、オシャレ団を見送る

すまぬという気持ちがある一方、謎の優越感が芽生えていることも事実なのだ

 

結婚式のスピーチ

緊張するタチである

いや、タチであるという生ぬるい表現では済まない

めっちゃ緊張しいなのだ

いや、まだぬるいな

おれより緊張するやつ、かかってこいや!

いや、違うな

哺乳類のなかでおれが一番緊張するんだよ!

そのわりに爪痕は残したいタイプだから、厄介なことになる

若かりしき頃、親友から結婚式のスピーチを頼まれた

今もアホだが、輪をかけてアホだった

スピーチなどしたことがなかった

下書きして紙にしたため、本番はそれを読み上げれば良かったのだ

しかし、若気の至りというか無謀というか、メモを見ながらスピーチなんてしねえよ、あらかじめ内容は決めておくにしても手ぶらで勝負やと、何も用意しなかった

それと普通の話したってしょうがないわな、この手のやつって似たり寄ったりでみんな聞き飽きてだろうし、よしっ、おれが一つ壁を壊したる

最初の第一声がポイントだ

みんなが、なに?なに?と耳を傾けてくれるフレーズを考えるのだ

聞いたことないような出だしを

よしっ!
決まった!

当日、式はつつがなく進行し、新郎の友人代表でおれが呼ばれた

ふふふ、きたきた

みんな驚くで

マイクの前に立ち、

この男は難破船です

と言い放った

会場につめかけたみんなの視線が一気にこちらに向けられる

頭が真っ白になった

何も出てこない

用意していたはずの次の言葉が全く出てこない

1人で練習したときは難なく言えたのだが、一欠片のセリフも浮かばない

不審そうな多くの視線がおれの身体を焼き切っていく

見るなーっ!
みんなおれを見るなーっ!!

余計言葉が出てこなくなるだろうが!

晴れの結婚式に、新郎を評して難破船と言ったまま、黙って突っ立ている男がいるだろうか

壁は確かに壊したが、結婚式をぶち壊しとる

言葉に詰まるとき、一人一人の表情はよく見えるものだ

歓談している者は誰もいない
みんなこちらを向いて固まっている

まるで氷菓子のようだ

この男は気まぐれで、時折、難破船のように、どこに行くか分からない不安定なところがあるが、伴侶を得て、新婦の巧みな舵取りで安定して人生の目的地につけるだろう、奥さん、舵取りの方よろしくお願いします

そう言うはずであった

その後に何を言ったのか、そもそも何かを言ったのか

全くもって記憶にない

スピーチが終了し、遠くで燃えている薪のような拍手だけは覚えている

後日、親友と会ったときに言われた

難破船はお前や

なかなかうまいこと言う

以来、誰からも結婚式のスピーチは頼まれていない

添加物ぶつ

これを食べてはいけないという本を買った

古本屋の100円の棚に平積みされていた

パラパラとめくり、安いからいっかとレジに持っていく

原材料表示を見なさい

こういうものが入っていたら危険ですよと

買ったり、口にしてはいけませんよと

なるほど

なるほど

食品添加物って、結構たくさん存在するんだなと思った

見栄えや彩りを派手にしたり、保存期間を長くしたり、廉価で味わいを出したりするために、様々なものが加えられている

これまで、無意識に食べてきたものも多い

だが、おれはこの本によって、食の意識が変わった

早速スーパーに行き、めぼしい食品を手に取り、素早く裏返して成分表示を見る

商品のおもて面に、買わせたくなるような惹句が書いてあっても、通用せんぞ

俺はもう裏を見てしまう人間に変わったのだ、ふふ

ふふふ

ふははは!

ふはははは!!

・・・

何も買えなかった

買おうとした食品すべてに、これは口にしてはいけないと書かれていた添加物が入っていたのだ

違うスーパーを当たってみるも、結果は同じ

添加物にこだわりすぎると、買い物難民になることがわかった

どうしたものか、と知り合いに後日、聞いてみる

「添加物避けようとすると、買うものなくならん?」

「そうですね〜、あまりに厳密に考えると、マジで選択肢なくなってきますよ」

「やはり!」

「それこそ、お中元とかお歳暮とかの贈答用レベルの食材買うことになっちゃいますね」

普段の買い物がお中元!

日常のショッピングがお歳暮!!

なんたるブルジョアライフ!

「まあ、ほどほどにした方がいいと思いますよ、知らないで選ぶのと、知ってて選ぶのとはまた違うと思いますし」

ナイスアドバイス

白か黒かの極端思考だから、ほどほどにしていくのが難しい

ぎっりぎりやで!!

ドライヤーのコンセントを抜いたと思ったら他の家電製品が止まる

ほぼ毎日やってしまう

ドライヤーのコンセントを抜いたつもりなのに、他の家電製品が止まる

徐々に回らなくなる扇風機を見て、無心になる

また違ったコンセントプラグを抜いてしまったと認識するまで1秒ほどかかるのだが、その1秒が妙に好きだったりする

なぜ止まる?という素直な疑問

嫌いじゃない

おっさんは全力疾走できない

おれは年を取っても走れない男にはならない

運動会のリレーがあったとしたら、アンカーは無理でも、1人か2人は追い抜き、順位を上げて次のランナーバトンを渡すのだ

そんなおっさんにおれはなりたい

信号機の歩行者マークが点滅している

ふっ

急ぐことはあるまい、次の信号まで待てばいいではないか
それが大人のたしなみというものだ

おっさんとして油が乗り切っている今、すっかり走れなくなった

若い頃に立てた誓いは、おっさんの油のなかに溶けてしまった

筋力が落ちたというより、膝や腰にくるのだ

休日に、近所の川沿いの道路で、ちょっと走っちゃおうかな、てへ、おっさんだけどてへてへ!とダッシュを試ると、ペキ!と何やら嫌な音が走った

自分は走れなかったが、痛みは走った

足首と膝のあたりが痛い

年齢を重ねても、信号が変わるぜーっ!と横断歩道を駆け抜け、電車の乗り換えドアが閉まる前に体を滑り込ませ、風に流されるハンカチを追って拾い、落ちましたよお嬢さんと手渡す

そうなるはずであった

柿の木を小学生がつついて取ろうとしたら、こりゃー!何しとるーっ!と怒りながら笑いながら追いかけるジジイになるはずであった

走れなくなって気づいた

おっさんは歩いてる方がちょうどいい

100メートル走の陸上選手のように、腕を前後に激しく動かし、ストライドで迫ってくるおっさんがいたら、めちゃ怖いて!

外見に合った動きというものがあるのだ