結婚式のスピーチ

緊張するタチである

いや、タチであるという生ぬるい表現では済まない

めっちゃ緊張しいなのだ

いや、まだぬるいな

おれより緊張するやつ、かかってこいや!

いや、違うな

哺乳類のなかでおれが一番緊張するんだよ!

そのわりに爪痕は残したいタイプだから、厄介なことになる

若かりしき頃、親友から結婚式のスピーチを頼まれた

今もアホだが、輪をかけてアホだった

スピーチなどしたことがなかった

下書きして紙にしたため、本番はそれを読み上げれば良かったのだ

しかし、若気の至りというか無謀というか、メモを見ながらスピーチなんてしねえよ、あらかじめ内容は決めておくにしても手ぶらで勝負やと、何も用意しなかった

それと普通の話したってしょうがないわな、この手のやつって似たり寄ったりでみんな聞き飽きてだろうし、よしっ、おれが一つ壁を壊したる

最初の第一声がポイントだ

みんなが、なに?なに?と耳を傾けてくれるフレーズを考えるのだ

聞いたことないような出だしを

よしっ!
決まった!

当日、式はつつがなく進行し、新郎の友人代表でおれが呼ばれた

ふふふ、きたきた

みんな驚くで

マイクの前に立ち、

この男は難破船です

と言い放った

会場につめかけたみんなの視線が一気にこちらに向けられる

頭が真っ白になった

何も出てこない

用意していたはずの次の言葉が全く出てこない

1人で練習したときは難なく言えたのだが、一欠片のセリフも浮かばない

不審そうな多くの視線がおれの身体を焼き切っていく

見るなーっ!
みんなおれを見るなーっ!!

余計言葉が出てこなくなるだろうが!

晴れの結婚式に、新郎を評して難破船と言ったまま、黙って突っ立ている男がいるだろうか

壁は確かに壊したが、結婚式をぶち壊しとる

言葉に詰まるとき、一人一人の表情はよく見えるものだ

歓談している者は誰もいない
みんなこちらを向いて固まっている

まるで氷菓子のようだ

この男は気まぐれで、時折、難破船のように、どこに行くか分からない不安定なところがあるが、伴侶を得て、新婦の巧みな舵取りで安定して人生の目的地につけるだろう、奥さん、舵取りの方よろしくお願いします

そう言うはずであった

その後に何を言ったのか、そもそも何かを言ったのか

全くもって記憶にない

スピーチが終了し、遠くで燃えている薪のような拍手だけは覚えている

後日、親友と会ったときに言われた

難破船はお前や

なかなかうまいこと言う

以来、誰からも結婚式のスピーチは頼まれていない